「都バスの90年史」について(著者)

福川 博英さんからコメントを頂戴しました。内容はこの頁の下のコメント欄に掲載しました。

特に注意を要する箇所として、
91頁~94頁にある各バスメーカー別のバス諸元について
都交通局自動車部「都バス70年史」から転載しましたが、元本の誤植、データにおこす際の間違いが重なって不正確なものになってしまっているようです。
とくに、日産ディーゼルの諸元が日野のものが重複しています。

後日、改めて正誤表をアップしますので、ご注意ください。

佐藤信之

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

福川 博英さんからのコメント その1
2007年12月29日 20:35
●p30 「1928(昭和3)年度には、アメリカのフォード車が、TT型の生産を中止して
V型8気筒エンジンのAA型フォードに切り替え…」
→ AA型も次のBB4型も4気筒エンジンでした。フォードがV8エンジンとなったのは
1933(昭和8)年式BBV8型からです。

●p41 「トヨダ車は、1936(昭和11)年10月にDA型を6台~、9D型67台…」
→ 1937(昭和12)年8月に豊田自動織機製作所自動車部は“トヨタ自動車工業”と
して独立し、また同年4月には既に“トヨタ”を商標登録していますので、1937年8月
以降のブランド名は“トヨタ/TOYOTA”が正式です。またトヨタのバスシャシーは“DA
型”の次は“DB型”です。“9D型”は参考文献の誤植のようです。
福川 博英さんからのコメント その2
2007年12月29日 20:37
●p41 「一方、日産車は、BL型を1938(昭和13)年度から…」
→ “ニッサン”車の型式は下二桁に意味があり、最初の型式は乗用車70型、トラック
80型、バス90型です。“BL型”とは低床式バスシャシーの意味かと思いますが、p53
の写真キャプションも「日産90型バス」とありますので、本文も“90型”でよいのでは
ないでしょうか。なおp40上の写真は『日本自動車工業史稿』では「昭和12年3月の
完成発表時の写真」となっています。

●p54 写真キャプション「代替バスの一種として~、写真は中島式SKS電気バスを
戦後関東自動車工業で再生したもの。」
→ 『関東自動車工業15年史』には、p54と同時期に撮られた“武蔵野乗合E-2”号車
の写真が掲載されていますが、そのキャプションには「弊社第一号バスと同型のもの」
とあるだけです。関東自動車工業で再生された武蔵野乗合の電気バスは1台だけだった
ようですが、p54掲載の“E-1”号車が果たしてその1台なのか、確証がありません。
福川 博英さんからのコメント その3
2007年12月29日 20:37
●p69 “C466”写真
→ 民生キャブオーバー型バスのカコミ中に掲載されているので民生製と誤解されそう
ですが、民生ではなく“いすゞTX80改”(p63に図面記載)の写真です。局番C466の
下に見える丸いマークはいすゞのエンブレムです。

●p91~94 諸元表
→ 誤植が多数あります。
いすゞ:エンジン型式などに誤り
ふそう:型式等に誤り MR410→MR480(p95本文も)
日産ディーゼル:内容が「日野」と同じ

この記事へのトラックバック